そんなどん底の時期があったんですけど、
ある夜、疲れ果てた妻が布団の中でポツリと言ったんです。
「ねえ、私たち、何のために頑張ってるんだっけ」って。
その言葉を聞いたとき、
僕の中で何かが弾けました。
僕たちは
「親になるための準備」
に必死になりすぎて、
目の前にいるパートナーのこと、
今の自分たちの生活を、
ないがしろにしていたことに気づいたんです。
「もう、辞めようか」
僕がそう言うと、
妻は驚いた顔をして、
そのあと1時間くらい
声をあげて泣きました。
それは悲しい涙じゃなくて、
ようやく呪縛から解かれた、
解放の涙だったんだと思います。
苦しいことから逃げる。
それだけでした。
それから僕たちは、
あえて
「一生、子供はできない」
という前提で、
今の自分たちを徹底的に甘やかすことにしました。
まず、不妊治療のために切り詰めていた食費の制限を辞めて、
その日の夜に「まじで高い肉」をスーパーで買ってきて、
二人で無言で食らいました。
それから、
子供ができたら危ないからと我慢していた
「ずっと欲しかった少し高いソファ」
を思い切って注文しました。
さらに、あの「幽霊部屋」みたいになっていた
将来の子供部屋を、
自分たちの趣味だけの
「自由な部屋」に大改造しました。
僕はそこで今まで我慢していたゲームを夜通しやり、
妻は好きな漫画を棚いっぱいに並べて。
ついでに、ずっと妻が飼いたがっていたパグの子犬も迎えました。
子供優先で諦めていたことを、
全部「今すぐ」やることにしたんです。
不妊治療の薬を全部ゴミ袋に叩き込んで、
診察券をハサミで切ったとき、
体の芯から
「あ、私たちが戻ってきた」
って感覚があった。
僕たちは「親」になるのを辞めて、
ただの「二人」として、
今の自分たちを全力で肯定することに決めたんです。