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死ぬ前に食べた一粒のチョコが、俺を生き返らせた
父親は蒸発していて、顔も覚えていない。母親が頑張って育ててくれていたが、妹と弟が合計3人もいるので、自分は中卒でずっと新聞配達と居酒屋で働いていた。最低時給で死ぬほど働いていた。けど、めちゃくちゃいい母親がいてくれるだけで頑張れたし、弟や妹が幸せになってくれればいいと思っていた。自分の人生なんて二の次で、とにかく家族が食えればそれでよかった。そんな生活が当たり前だったある日、そんな兆候が全くなかった母が無理心中をはかろうとした。
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私が万引きをやめられなかった理由、やめられた理由
自分でも、何がしたかったのか分からなかったんです。家庭も裕福なほうで、漫画や文房具なんて、買おうと思えば買えるのに。それでも、気がつくといつも手が動いていました。最初は、中学の帰り道のコンビニでした。何となく立ち寄って、棚に並んでいた週刊誌を手に取って、そのまま鞄の中に入れていましたよくある「生きてる感覚」や「ストーリー性」もなくただ、なぜかやってしまったという感じでした。
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母が事故死し、多額の賠償金が。「家族に貢献できない」私が絶望の淵に見つけた、私なりの答え
私は幼い頃から、貧しさが当たり前の家庭で育ちました。母はいつも明るく元気に見えていましたが、実は精神的な病を抱えていたようで、ある日、私と姉を小学校へ送り迎えする途中に発作を起こし、交通事故を起こして亡くなりました。幸いにも私たち姉妹に命の...
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一生を誓い合った女友達と飛び降り自殺を決行した結果、私だけが生き残ってしまい
私の人生には、常に孤独と絶望がつきまとっていました。幼い頃、父が家庭内で暴力を振るい、それが原因で母と離婚しました。父の親族からも疎遠になり、家族と呼べるのは母だけでした。それでも母は私を一生懸命育ててくれましたが、唯一の家族である母が19歳...
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不安神経症になり外出不能に。引きこもり続けた3年間
わたしの場合、23歳くらいの時に、 不安神経症のようになり、心臓がドキドキして 電車に乗れなくなりました。
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12年も鬱病から抜け出せず、家族に迷惑をかけていると感じた
28歳ごろから40歳ぐらいまで「うつ」でした。 身体が思うように動かないので、「役に立ってない」と思い込み、 いないほうが良いと考えていた。
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営利重視の結果クレームが続出…止まらず次を探した
アメリカの電子計測器を扱う会社に 席をおいていた私は2005年の春、 「日本市場での売り上げを3年で2倍にする」 という指令を受けて帰国しました。 帰国後、自分のもとに 優秀な5人のマネージャーをつけて業務を開始。 「売り上げを3年で2倍に」とい...
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精神病の母親を持つ私に襲いかかった仕事の重圧
母が精神を病んでおり、 家事ができず、風呂にも入らず、 近所に罵声を浴びせる状態だった。 私を含め、子供達は母を疎ましく思っており、 ずっと母の子供である事を恨んでいた。 そんな家庭事情の中、 18~19才ごろ、ひょんなことが重なり、 私にアパ...
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逃げ場のないいじめを経て、他人も自分も信じられなくなり…
小学校 そしてある程度上達した頃、小学校3年生の終盤に両親のはからいで全国大会常連の強豪クラブに移籍することになった。 ところが、移籍初日にクラブの同学年で一番強く、かつリーダー格だった子を試合で破ってしまったことから嫌われ孤立し、いじめに発展し...
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仕事場で孤立してしまい、出社するのが苦痛だった
30才ごろ工場に派遣され、仕事場で独りきりになる。
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小学校3年生から中学校3年生まで、いじめの毎日
小学校3年生から中学校3年生までいじめられ続けた。
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夫のDVからPTSDになり、生きた心地がしなかった数年間を超えて
今から15年ほど前、 結婚して10年目のあたりから主人のDVが始まりました。 キッカケは公私共に主人の思い通りにならない状況が続き、 イライラすることが重なった結果だと思います。 初めは言葉の暴力だけでしたが、 次第に壁や家具を殴る、茶碗を投げる...
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逃げないで正々堂々と困難に立ち向かう道を選んだ。
1995年、当時財テクといわれていた時代の波にのっていた私は、不動産担保で次々に資産を増やしていた。その資産が阪神大震災で倒壊して、一瞬にして数億円もの莫大な借金を駆け込んだ。
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借金生活、妻との死別、心臓病、3度の逆境を乗り越え
【A】会社役員で安定した収入もあった38才の頃。 うまい話に乗ってしまい、8000万の借金を負って飲食業に手を出す 毎月300万の赤字を出す羽目になった。 【B】子供たちも大きくなり一安心と思った49才の頃。 妻が、パリに留学中の娘と、 英国で学習...
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夫が心筋梗塞で倒れ、事業を背負うことに。月100万の返済と資金繰り、看病に追われ…
主人が心筋梗塞で倒れました。 家系的にも心臓が弱かったことと、 仕事のストレスもあったのでしょう。 手術はしたのですが、心臓の動きが悪くなってしまって 足が悪くなってしまいました。 主人は元々商社マンでしたが、 脱サラして米屋を営んでおりました
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