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資産だけを追い続けて家族を失った。台風の夜の事故が僕を“人間”に戻した
43歳の11月、私は自分の人生を一度終わらせようとしました。物価高や家賃もどんどんと上がっていくニュースを見てたり、生前の両親の老人ホーム代金が想像以上にかさんだことなどから、「老後破綻」という言葉が頭にこびりついていました。妻と、中学に上がったばかりの娘を抱えて、将来、路頭に迷うわけにはいかない。その正義感から始めたはずの新NISAが、いつの間にか私を数字の亡者に変えていっていました。
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死ぬ前に食べた一粒のチョコが、俺を生き返らせた
父親は蒸発していて、顔も覚えていない。母親が頑張って育ててくれていたが、妹と弟が合計3人もいるので、自分は中卒でずっと新聞配達と居酒屋で働いていた。最低時給で死ぬほど働いていた。けど、めちゃくちゃいい母親がいてくれるだけで頑張れたし、弟や妹が幸せになってくれればいいと思っていた。自分の人生なんて二の次で、とにかく家族が食えればそれでよかった。そんな生活が当たり前だったある日、そんな兆候が全くなかった母が無理心中をはかろうとした。
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何をしてもうまくいかず、死を考えたが、息子にカレーを作ってあげたら
あの頃はもう、何も残ってないと思ってました。離婚して、部屋に帰っても真っ暗で。誰もいない。テレビもつけずに、ただ壁見て座ってました。何してもうまくいかない。仕事でもミスばっかりで、上司に詰められて。「もう無理だな」って、口に出したのを覚えてます。頭の中がずっとぐるぐるして、音が消えたみたいでした。息子のことも考えたけど、あいつには母親がいる。俺がいなくても平気だろう、って。そんなふうに思ってました。
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オーバードーズの私が、隔離施設に入れられて…
私の人生は、幼い頃に両親が離婚したことから、孤独と反発心で形作られていきました。母は私を大切に育ててくれましたが、その愛情は過保護という形で現れ、私の行動を常に監視し、制限しました。その窮屈さに耐えられず、高校生の頃から家に帰らず、夜の...
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喘息での劣等感。それを救ってくれたのは意外な人だった
私は小学校の頃から重度の喘息を患っていました。運動をすることはほとんど不可能で、体育の授業はいつも見学。遠足や運動会といった学校行事も、全力で楽しむことはできませんでした。発作のたびに周囲の目が気になり、病院に連れて行かれることが多かったた...
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神には見放されても、ポイントには見放されなかった
受験での連続した失敗や職場での挫折、セミナー詐欺に遭ったことで、自分の存在そのものが無意味に思えました。そんな中、ふとレシートを見て「ポイントが貯まっている」という表示に気づきました。
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感動のない日常から「うつ病」に。その時「とりあえず笑え」という母の言葉が。
小学生の頃から中学生にかけて、 よくキレて机を倒したりしていた。 たとえば、 実は皆の見ていないところでは掃除をしていたのに、 掃除をしていない現場を見ただけで 先生に注意を受け、怒鳴り返したり、 今思えば些細なことでも、しょっちゅう暴れていた。 ...
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銀座のクラブ経営で人生の絶頂期、突如のガン宣告が…
銀座のクラブを経営していた29歳の頃、 まさか、と思うことが起きてしまった。 私が乳ガンであると宣告されたのだ。
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恋人を傷つけてしまった自分を責め続けた
20才頃、3年くらい付き合っていた子を 自分の甘えから精神を傷つけてしまい、 二度と会えなくなった。 まるで自分の一部のようにその人を好きだったので、 自分はなんて取り返しのつかないことをやってしまったのだろう、 最低、死んだ方がいい、 ...
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中学で初めていじめられ、誰にも相談できず悩んだ
14歳くらいのとき、野球のシェアリーグに入っていたが、 そこで3~4人の人間に軽くイジメられた。
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小学校3年生から中学校3年生まで、いじめの毎日
小学校3年生から中学校3年生までいじめられ続けた。
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