自分でも、あのときどうして
そこまで思いつめたのか、
今となっては少し不思議です。
でも確かに、あの頃は
「もう、自分がいなくてもいい」
と思っていました。
私は建築の仕事をしていました。
小さな設計事務所をやっていて、
住宅から公共施設までいろいろ手がけました。
建築って、人の暮らしの形
そのものを考える仕事なんですよね。
“ここに光が入るように”とか、
“この角度なら冬の風が避けられる”とか。
目に見えないところに、
心を込めるのが好きでした。
でも、時代が変わりました。
図面も手描きじゃなくなって、
若い人たちはパソコンで
パッと3Dを出してくる。
私が何日も悩んだ線を、
数秒で引いてしまう。
すごいなと思う反面、
居場所が少しずつ
なくなっていくのを
感じていました。
最後の大きな仕事は、
市の再開発プロジェクトでした。
古い商店街を壊して、
新しいビル群を建てるという計画です。
私は、あの街の景色が好きで、
子どもの頃に母と歩いた通りも、
全部そのエリアに入っていました。
それでも仕事だからと、
設計図を描きました。
壊されていく建物を見たとき、
図面を引いた自分の手が、
急に汚れて見えたんです。
そして、なんとなく
建ててきたものも、
壊してきたものも、
結局は
何も残らないのかもしれない
と思ってしまいました。
家に帰って、
机の上に製図ペンが
転がっていました。
キャップが開けっぱなしで
インクは乾いていて、
真っ黒な線はもう引けなかった。
その瞬間、ふと
“もう終わりでいい”
と思ったんです。
自分の仕事も人生も、
描き終わったような気がして。