1995年、当時財テクといわれていた時代の波にのっていた私は、
不動産担保で次々に資産を増やしていた。
その資産が阪神大震災で倒壊して、
一瞬にして数億円もの莫大な借金を駆け込んだ。




自宅や不動産は売却してすべて手放し借家に移り住んだが、
まだ大きな借金が残る。
銀行系列の保証会社から呼び出され
「今後無理のないところで毎月いくらなら返済可能ですか?」
と質問されて、「毎月五万円ずつ返します。」と真顔で答えた。
「返さないということですね?」とさらに鋭く念を押してくるので、
「一生かかっても絶対に全部返します!」と押し通した。
保証会社の人々はあきれながらも
「わかりました。それでは期日に遅れないように毎月お返しください」
と最後は捨て台詞とも思える言葉を厳しく投げかけられた。
すでに塾を開いていたので直ぐにお金がまわらなくなり、
頼みの税理士にも見放され、ワラをもつかむ思いで
新興宗教に救いを求めたりセミナー、講演会に参加して模索し続けた。
毎日が食うや食わずで、子供たちの学費だけは出そうと
サラ金・街金にも手を出した。
深夜や早朝の厳しい取立てに途方に暮れ、
自殺や夜逃げ、自己破産、
海外逃亡、偽装結婚など普通の人が考えることはすべて考えた。

考えて考えて、考え抜いた結果、
どれを選んでも結局“逃げ”にしかならず、
積極的な解決策にはならないと悟った。
逃げれば妻子はもちろん、末代まで禍根を残すと考え、
逃げないで正々堂々と困難に立ち向かう道を選んだ。
「解決できない問題は降りかかってこない」
「信念を持ってすれば、どんな大きな壁でも乗り越えられる」
「私に足りないのはお金だけ。それ以外はすべて満たされている。
大丈夫だ、こんなことぐらいでは絶対に負けないぞ!」と
プラス発想を心がけて自分自身を奮い立たせ、
必死でもがき続けた。
数年間にわたって毎日のたうちまわり、地獄の日々が続いた。
債権会社が外資に買収され、
大幅な譲渡の提案を受け、数億円の借金がほぼ消滅して数百万円になった。

「やればできる」
「絶対にあきらめるな」
「必要なものは与えられる」
という具体例を学習塾という教育現場や書籍などを通じて、
生徒や保護者に伝えていく宿命にあると強く考え、
今、使命感に燃えたぎっている。
希望が見えてきた!
気持ちが、楽になりました。せいつぱいに、生きてきたのだから、もう一度、自分を信じて、生きていきたいと、思えるように、なれました。ダイヤモンドは、傷つかない!そんなタイトルの香水、友達が、つけていました。人魚姫じやなくて、シンデレラ、目指さないとだめですね。ありがとうございました。感謝します!
勇気をもらえました、ありがとうございます。
現実と向き合って、それに合わせて自分が変わるしかない。そんなシンプルなことに、回り道してやっと気付きました。社会生活からギブアップ。それ以降も病弱で働けなくて借金で生活する毎日が鬱…なんて思ってました。でも私の借金は数十万。地道に働いて返すしかない。そんな簡単なことに、やっと気付けました。逃げない。
素晴らしい先生にだろうと想像します。子供達にご自分の信念を伝え続けて下さい。自分は重度障害児を持ち、精神的、肉体的にも日々苦しんでおります。これを読み、少しだけ気持ちが楽になり、お世話を頑張ろうと思うことが出来ました。